厚生省の新たな犯罪

 一一月二八日、厚生省は非加熱濃縮製剤を血友病患者以外に投与してHIVに感染させる、いわゆる第四ルートの感染で、少なくとも13人が感染し、うち六人が死亡または発症していたことを発表した。

 

 本誌九五年号で報じた五〇代の男性も残念ながらこの死者だもの中に入る。彼は八五年、胃を手術したときに非加熱濃縮製剤を打たれ、知らぬ間に感染していた。私とのインタビュー後、一ヵ月もたたないI〇月末に、彼は無念のうちに息をひきとった。

 

 今回の厚生省の調査では全国五四四医療施設で、計三〇〇人弱の患者に非加熱濃縮製剤が投与されていたことがわかった。しかしHIVの抗体検査をした人は三〇〇人中わずか五四人である。その中の13人、つまり四分の一の人々がHIVに感染していたのだ。

 

 彼らが役与された非加熱濃縮製剤の圧倒的多数がグリスマシンというミドリ十字社の製品である。なぜこんなことになるのか。それはミドリ十字が他社に較べてより積極的に、というよりより強引に、非加熱濃縮製剤の売り込みをはかったからである。

 

 売り込みの生々しい実態を、同社の某幹部が語ってくれた。

 

 「症例の掘りおこしということがずいぶんいわれました。うちの主力商品であり、利益も多い非加熱濃縮製剤を、血友病患者だけでなく、ほかの患者にも使えないか、探すわけです。

 

 販売員に号令をかけて、売上げをグラフにしたりして、ノルマを課します。販売員は病院などをまわり、各病院の手術の予定などをみせてもらって、その中から、非加熱濃縮製剤を使えそうなケースをみつけるのです。みつけたら担当の医師を訪ねて売り込みます」

 

 だが、医師はそんなに簡単に非加熱濃縮製剤を使用するのだろうか。しかも、この幹部の話しているのは、八四~八五年という時期だ。当時、非加熱濃縮製剤によるHlV感染の危険はすでに報道され問題になっていた。同幹部はしかし次のようにいった「いきなり訪ねていってもそれはとてもドクターは耳を貸してくれません。ですからそれまでに何年もかけて、ドクターとの信頼関係を築くわけです。カネの世話から女性の世話、ときには、ドクターの家庭にまで入り、小さな子供がいれば子守りをしたり・・::なにからなにまでいわれたことはすべてこなすのです。そうした便宜をこれ以上ないほどにはかると、ドクターもこちらの頼みをきいてくれます。こちらのいう薬がよいからというより、ふだんつくしていることへの返礼という意味でうちの製品を使ってくれるのです」

 

 私の手元にはミドリ十字の出版物、「拡売ニュース第四三六号」がある。八四年一月二四日付けだ。内容は同社の非加熱濃縮製剤グリスマシンがいかに優れたものであるかを強調したうえで「グリスマシンの安全性が高く証明された」、エイズなど免疫機能をおとすのは「なにも第  八因子製剤(血液製剤)に限らない」などとなっている。

 

 繰り返しになるが八四年末といえば、グリスマシンをけじめ非加熱濃縮製剤の危険性がたびたび論議され、世の中は、非加熱から加熱濃縮製剤に移ろうと準備していたときである。その時期にこのような小冊子を配り、あらゆる便{且をはかって医者を掌中のものとし、人々にHIV汚染の製剤を投与し続けたのだ。ミドリ十字をけじめとする製薬メーカーの罪は断じて許せない。

 

 だが、もっと許せないのは厚生省である。

 

 厚生省は第四のルートのHIV感染を咋年六月には報告されていた。しかし一部について実態調査を始めたのは一年後の今年五月だ。九月に二度目の調査をした。大ざっぱにいって、まだ八割以上の医療機関が調査されていない。

 

 第四ルートの感染者はおそらく数千人にのぼるだろう。その人々を放置し続けるのは自らの罪を隠す意図に根ざした厚生省の新たな犯罪である。