刑事告発された郡司氏背後の闇

 九六年一月二五日、和解交渉が難航している薬害エイズ裁判でついに厚生省の当時の担当課長郡司篤晃氏が刑事告発された。

 

 告発事実は、東京HIV訴訟の法廷における偽証である。

 

 八三年、郡司氏は厚生省の薬務局生物製剤課長として、日本にすでにエイズウイルスが上陸していたのか否か、また最大の犠牲者グループになり得る血友病患者の治療薬、アメリカから輸人された非加熱濃縮製剤をどのように変更すべきかなどを検討する立場にあった。厚生省はそのため、八三年六月にエイズ研究班を設置し、会合を重ねた。

 

 この研究班でエイズがどのような経路をたどって感染すると認識されていたのかが、東京HIV訴訟で繰り返し尋問された点の一つだった。具体的にエイズウイルスはB型肝炎と同じような経路でうつっていくという認識が研究班にあったか否かがポイントだった。

 

 理由は、もしB型肝炎と同様の伝播の仕方をするなら、それは患者の血液と精液を介して感染するということであり、空気や衣服や食器などによってうつるものではないということになる。血液や精液でうつるのなら、血友病患者が治療に用いている非加熱濃縮製剤は、まさにエイズの媒介物となり得る。その場合一刻も早く、非加熱濃縮製剤に対してなんらかの対策を施すことが必要になってくるのだ。

 

 対策の一つとして、すでにアメリカで行なわれていた加熱処理がある。非加熱濃縮製剤を六〇度の温度で一〇~七二時間熱し、ウイルスを殺すというものだ。この加熱方式は、初めは肝炎対策として行なわれていたが、八三年には明確に、エイズウイルス対策としてアメリカに根づき始めていた。

 

 アメリカでは日本のエイズ研究班設置よりも早い段階の八二年一月に、医療従事者に対してエイズウイルスの感染経路はB型肝炎と同様であり、同様の予防措置を講すべきだと勧告していた。

 

 また医療間題を専門に扱う出版物MMWRは八二年一二月、薬物注射によってエイズに感染した母親と出産時に母親のエイズに感染させられた乳児の例を報告した。この例からもエイズ感染は「B型肝炎の疫学的様相を鏡のように映し出している」ものだと、アメリカのエイズ研究の第一人者トレーフランシス博士も述べている。

 

 郡司氏ら厚生省の役人も当時これらの情報を集めていたに違いないと思われる。しかし、氏の法廷での証言は、次のように、ことごとく予想に反するものであった。

 

 -エイズB型肝炎モデルと同じように感染するとすれば、これは大変なことですね。

 

「はい、しかし、そこはわかっておりませんでした」

 

B型肝炎は非常によく解明されていた病気ですし、B型肝炎との類似性を発見して、エイズに対してなにか新しい事実が出てくるという理解はその当時なかったと思います」

 

 などと氏は法廷で述べた。

 

 だが、八三年七月一八日、郡司氏らの主催した第二回研究班の班会で配布された資料にはこう書かれているI「伝播様式としては、B型肝炎に類似していると考えられている。すなわち、患者の血液、粘液を介して感染する可能性が強い」

 

 厚生省主催の研究班会でこのような資料を配っているのだ。また当時国立公衆衛生院疫学室長として班員の一人だった芦沢正見氏は「研究班のエイズ伝播に関する理解というか大前提は、B型肝炎と似た経路であるというのが九割方でした」とインタビューのなかで明言した。

 

 九割方そう思われており、それを裏づける資料も最近ようやく出てきた。そして郡司氏の法廷での「嘘」が明らかになった。

 

 八三年の旱い段階から知っていたこの情報を、なぜ郡司氏らは活用し得なかったのか、加えすがえすも残念に思うと同時に、郡司氏のような知性ある人がなぜ偽証したのか。その「嘘」は厚生省の立場を守るためなのか。背後に横たわるもっと深い闇を暴くのはむしろこれからの仕事である。