覆された国内血液による治療薬製造計画

 厚生省は本当に懲りないお役所だ。薬害エイズはなぜ生じたか、その原囚を解明する調査の目的を裏切り、厚生省がさらに多くの膨大な資料を隠していたことが、一九九六年四月二日に公表された。薬務局長の荒賀泰大氏は、新たに公表したこの資料は(エイズ研究班の論議とは)関連が薄いと判断して出さなかったと答えた。だが、今、厚生官僚に求められていることは、一つ一つの資料に対する彼らの判断ではなく、関連資料のすべてを公開し、四民の判断を待つことである。

 

 おのおのの資料からなにを読みとるか、各資料が薬害エイズの全体とどうつながっているかを判断するのは厚生官僚の役割ではない。

 

 今回新たに出された資料の中になにが含まれていたかは、厳密には四月五日の公表まで待たなければならない。しかし、菅直人厚生大臣が記者会見で説明したところによると、資料の中では国内供給血による加熱濃縮製剤の促進、国内血の活用という点が強調されているという。

 

 このことは、二月に開示された通称「郡司ファイル」の中の、一九八三年七月四日の手書きメモと一致する。同メモについては先稿でも触れたが藤崎清道課長補佐(当時)が書いたメモの三ページ目、一番終わりの部分に「国内原料による第八因子製剤供給の方途」という段落がある。この段落を見て国内の血液製造メーカーは恐怖におののいたに違いない。

 

 この段落の冒頭に「対応」と書かれた文字が見える。続いて「対日赤」の文字が見える。つまり、これまで外田人の血液を原料として作られた血液製剤を用いて日本の血友病患者の治療を行なっていたが、目ざすべきは日本人の血液による日本人血友病患者用の治療薬の製造であり、その役割を日赤に拱わせようという考えだ。

 

 「対応」策の具体例として「藤崎メモ」は、「四〇〇ミリリットル採血」、「献血車の増加」と書いている。それまでは、一人一回、二〇〇ミリリットルしか採血できなかったのを倍増し、さらに献血車を増やし、より大量の献血血液を日赤に集めさせようと考えていたわけだ。そしてより重要なのは、「加熱処理濃縮第八因子製剤のライセンス取得」という文字である。

 

 これこそが、国内メーカーが恐れていたことだった。なぜならそのとき厚生省は、加熱血液製剤を製造する技術を開発していなかった日赤に、ライセンスを取得させようとしたわけだ。これは初めて日赤に「血葉分画製剤」と呼ばれる分野での血液事業を許可することになる。このことは、民問製薬企業のシェアを奪い取ることにもつながる。

 

 詳しく説明すると、エイズ対策の必要性が考えられていた八三年当時、日本の血液事業は厚生省の方針によって、日赤と民間企業のすみ分けが図られていた。

 

 日赤は、国民から無料で献血してもらい、それを「成分」に分けて医療に用いる。成分とは、 赤血球、白血球、血小板であり、また「血漿」と呼ばれる残りの部分のことをいう。日赤の参加できる血液事業はここまでだった。

 

 一方、民間の製薬企業には「血漿」を形成しているタンパク質の種類ごとにさらに細かく分画して、そのタンパク質で血液関連の医薬品を作ることが許されていた。血友病患者に処方された血液製剤は、第八因子または第九因子と呼ばれるタンパク質でできている。いずれも血漿をさらに分画して採取されたタンパク質である。つまり、血友病治療薬の製造は民間企業にのみ許可されていたわけだ。

 

 それなのに、八三年七月四目のメモは、これ以上、外国人の血液で日本の血友病治療をするのはやめて、国内血で、日赤に治療薬を作らせようとの厚生省の考えを示している。とすれば、シェアを奪い取られることを恐れた製薬メーカーは、おそらく猛烈な巻き返しを図ったであろう。その証拠に一週間後、厚生省の方策はどんでん返しされ正反対の内容になってしまうからだ。新しく提出された資料が、どこまでこの点を解くかぎになってくれるか。それにしても、いまだに資料を隠し続けている厚生官僚は、許しがたい。二〇〇〇人の犠牲者を生んだ薬害エイズ訴訟は真実の究明を条件の一つとして和解が成立した。その点を実行せずなお隠そうとする厚生官僚ならば、更迭も考えるべきである。