乳癌の化学療法
乳癌に対する抗癌剤の投与は欧米において始められ、その有効性が認められたのはCyclophosphamide (EX)であろう。本剤は今もなお有用な薬剤であり、わが国では主として経口剤が用いられている。EXはそれ自体閉経前患者で卵巣機能抑制作用(medical oophorectomy)があり、直接抗腫瘍効果を示すと同時に抗ホルモン作用も示す。現在では単独で用いられることもあるが、 CAF (Cyclophosphamide十Adriamycin + 5-FU)などの形で併用療法として使用されることが多い。有効率もかなり高いことが知られている。ただし長期連用すると骨髄抑制作用が起こり、その回復も遅れるので、注意して使用する必要がある。欧米ではCMF (MはMethotrexate)の形で併用投与されることが多く、標準療法の代表的なものとなっている。
5-FUおよびその各種誘導体はわが国ではかなり多く使用されており、Tegafur、 UFT、 HCFU、 5'-DFURなどがさかんに使用されている。多くは経口剤の形で使用されているが、注射剤や坐剤もある。奏効率は20~30%であり、いずれも大差はない。副作用としては、白血球減少、消化器症状、色素沈着などがあるが、 5-FU系の副作用の特徴のひとつとして中枢神経系への作用が低頻度ながらみられることがあり注意を要する。 HCFUでは白質脳症の発生報告がみられているが、1日投与量の減少などの工夫が必要であろう。本剤はアルコールと同時に服用すると神経作用が増強されることがあるので、アルコール飲用は禁忌である。 5' -DFUR は1、200mg/日投与は8週以内で減量することが望ましい。8週以後に下痢の発症頻度が高く、時に入院を必要とするほど激烈なものがあるからである。
5-FUの誘導体は他剤との併用で投与されることが多く、術後補助化療でも繁用されている。 Tamoxifen との併用が行われることが多い。併用療法の期間は2年間が最も多いようである。
乳癌に対する抗癌剤で最も切れ味のするどいのはAdriamycinであろう。奏効率はdose dependency を示し、最高では80%位まで報告されている。その一方、副作用も強く、白血球減少、消化器症状の頻度も高く、程度も激しい。また投与量に関係なく脱毛がみられる。しかしいずれも可逆性で投与中止後回復する。 Adriamycin 以後その立体異性体である4'-Epia-driamycinや誘導体であるTHPAdriamycinが合成されたが、副作用はややmildではあるが、奏効率はAdriamycinとあまり差はなく、Adriamycinを越えるものではない。いずれもCA (Cyclophosphamide+Adriamycin)やCAFの形で併用されることが多い。 Adriamycin は心筋に対する障害もあり一定量(550・/㎡)以上投与は禁忌とされている。
またAdriamycinに対する薬剤耐性も著明で最初の投与で著効を示しても、病巣再燃に対しては奏効性が極めて低くなる。
Mitoxantroneは奏効率の割に骨髄抑制などの副作用が強いためあまり用いられていないようである。
Mitomycin Cは、 CMcF (Mc : Mitomycin C)の形で併用されることが多い。副作用としては骨髄抑制作用、特に血小板減少の率が高い。有効率はCAFに比べやや低い。
欧米での標準療法とされているCMF療法のMすなわちMethotrexateはわが国では乳癌への適用がとれていない。しかし、国際的にみてもCMFは有用と考えられるので、現在CMFの有効改を検討する治験が進行中であり、そのうちに承認されるものと期待されている。
ホルモン剤および化学療法剤のそれぞれの特徴を生かした両者の併用はすでに多く行われている。
術後補助療法としては、 5-FUあるいはその誘導体にTamoxifenを併用し、2年以上投与するものがもっとも多い。stageⅢ位になるとこれにAdriamycinやMitomycin Cなどの導入投与を加えたものが行われることもある。しかし、化学療法剤の術後投与期間は6ヵ月程度で十分であるとの報告もあり、再検討の必要がある。
再発乳癌に対してもこのような複合療法が普通行われているが、再発に対してはホルモン系薬剤としてTamoxifenのみならずMPAがよく用いられている。 MPA の効能についてはすでに述べた通りである。一般的に再発乳癌に対しては、まずホルモン剤やmildな化学療法剤を用い、無効な場合には次第に強い作用の薬剤に変更して行くことが行われている。
乳癌に対する薬物療法は他の臓器の癌に比べ有効なものが多くあり、その点有利である。しかも現在開発中の有望な薬剤があり今後益々、乳癌治療成績の向上が期待される。