旋毛虫症

毛頭虫類に属する線虫の旋毛虫Trichinella spiralis (最近では本種は3種のsub-speciesより成り、分布域などが異なるという考えが提出されている)の成虫が小腸粘膜内に寄生し、そこで産出された幼虫が全身の筋肉に散布され、寄生することによって起こる疾患である。臨床的には普通発熱を認める程度であることが多いが、変化に富み、まったく無症伏なものから末期には悪液質となり合併症などのため死亡する例まである。経過は一一般的には3段階に分けられる。最初はいわば潜伏期ともいうべきもので、経口的に食肉などから感染した第3期幼虫が腸管内で脱嚢し、小腸組織内に侵入、成虫に発育する時期で、症状は多数の幼虫に感染した場合にのみ見られる。一般的には軽度の消化器症状であることが多い。次は成虫が産出した幼虫が横紋筋に移行し寄生する時期で、いわば急性期ともいえる諸症状を呈する。この時期の諸症状の特徴的な症状は発熱(39~40℃)と幼虫の筋肉内移行による顔面、特に眼瞼の著明な浮腫である。寄生部位によっては呼吸困難、咀嚼障害、四肢の運動障害、眼筋麻痺、あるいは耳下腺炎、顎下腺炎、胸膜炎、腸炎、肺炎、髄膜炎など多彩な症状を呈する。筋肉痛を訴えるケースも多く、また心筋内にも幼虫が侵入、通過し得るので心筋炎を引き起こし、これが致命原因となることもある。このような急性期の症状は通常感染後1~4週間の間に見られ、成虫が幼虫を産生する間は継続する。また、末梢血中の好酸球増多も著明で感染後10週目ころまでは高値を示す。この時期が過ぎると筋肉内の幼虫の被嚢期に移行する。大体感染後1~2か月目に相当する。軽度の感染のときはこの時期以後徐々に急性期諸症状は消失するが、多数の幼虫が散布され、重症化したときには上記諸症状が継続し、呼吸困難、貧血、肺炎、心不全などを併発し、死亡することもある。以上述べたように、症状は大体感染幼虫数に依存しており、ヒトの場合、筋肉lg中に1、000匹以上の幼虫が寄生したときは重症化するといわれている。

 T. spiralisは以上より分かるよう特異な生活環を有する。すなわち、成虫から産出された幼虫は筋肉内で被嚢化し、長期間生存し感染源となる。したがって、感染は動物間での捕食、共食いなどによって起こる。成虫の感染も自然界に広く拡大しており、ヒトのみならずブタ、ネズミ、イヌ、ネコ、クマ、イノシシ、キツネなどに見られる。成虫の寿命は約1~3か月といわれるが、この間に1、000~1、500匹の幼虫を産下する。産出された幼虫は体のどの筋肉にも散布されるが、横絞筋に寄生したもののみが被嚢化し、長期間(数年間)生存して新しい感染源となる。以上より分かるように旋毛虫はその全発育期間中外界に出ることはなく、終宿主は同時に媒介者の役目をも果たすこととなる。

 旋毛虫は広く世界中に分布しているが、人体発症例は北米、ヨーロッパなどに多い。これらの地域ではブタ肉から製造した自家製のソーセージが主な感染源とされ、ブタは飼料として与えられるクズ肉などから感染する。一時欧米の特定の地域ではかなり感染率が高かったが、その後諸種対策が実施され、現在は激減している。わが国での人体例は1974年(昭49) 4月に青森でクマ肉の刺身を食べて感染、15人が発症したのが最初の例で、その後79年札幌、82年には三重県でいずれもクマ肉からの集団発生例があった。三重県の例は輸入クマ肉が原因とされている。わが国においては従来クマ肉は一般の食肉に供されるものではなかったが、最近のグルメブームおよび輸入食品の多様化により流通する機会は確かに増加している。これら食用の獣肉についてのある程度の知識および輸入肉についての十分な流通の検査が必要とされよう。

 旋毛虫症の診断は食肉の生食の既往、特徴的な臨床症状を勘案すればさして難しいものではない。確定診断は筋肉の生検により被嚢化した幼虫を検出すればよい。末梢血中の好酸球増多、各種血清診断法も参考となる。

 旋毛虫症の予防にはブタ肉およびプタ肉を用いて作った食品には十分に加熱したうえで食用とし、クマ、イノシシなどの獣肉を生食しないこと、この2点に注意すればよいが、旋毛虫症が常時起こっている地域では下記のような法的な規制を考える必要もある。

 1.ブタの飼料は加熱してから与える。

 2.ブタ肉は食用として市販、流通させる前に必ず十分に冷凍する。-27℃では36時間以上、0℃では20日間以上が被嚢化した幼虫を殺すのに必要。

 3.ブタ肉を材料としてひき肉を作るときはできるだけブタ肉用の器具と他のものとに分けて、他の食肉に旋毛虫の混在が起きないようにする。

 4.屠場でブタ肉の検査を十分に行う。できれば肉を消化法で処理し、被嚢化幼虫の検出を試みる。

 5.旋毛虫と食肉との関係について教育を徹底させる。

 本症の治療は現在はサイアベンダソールかメベンダゾールを用いるが、後者の方がより有効のようである。重症の場合にはステロイドとの併用を行い、幼虫、成虫の殺滅に伴うアレルギー反応の出現を抑える。軽症の場合は必要ない。