胃で薬が溶けてはいけない! という薬剤もある

 

胃は、食べ物を消化する最初の臓器であることは、小学生でも知っています。

ですから、食べ物を食べる時、よく噛んで食べなさいと言います。それは、口のなかで食べ物を細かく砕いたほうが、胃の負担が少なくてすむ、ということなのは当然のこと。

 しかし、胃酸の話になりますと、小学生ではなかなか理解できないかもしれません。

 さて、胃に食べ物や薬剤が入ると、食べ物についている細菌などを殺菌するため、胃は、胃酸を分泌します。つまり、胃は、単なる消化器官ではなく、体の防御のためにも働いているのです。さらに、胃は消化を行うため、ペプシンという消化酵素を多量に分泌します。胃の中は、ふつう1~3の強い酸性に保たれています。これは、胃酸が分泌されているためです。

 しかし、薬によっては、この胃の強い酸によって分解されるものがあります。

 たとえば、胃潰瘍、十二指腸潰瘍薬のオメプラソール(商品名オメプラソン、オメプラール)やランソプラソール(商品名タケプロン)は、胃酸と出合うと、分解されて薬の効果を失ってしまいます。

 ごくわずかですが、このように薬にとって、胃酸は大敵になることもあります。

 そこで、製薬会社は、胃では溶けず、小腸に運ばれて初めて溶ける薬剤、すなわち「腸溶性のコーティング」をした錠剤、カプセル剤として販売しています。

 また、アスピリンのように、胃に直接触れると不快感を示すような薬にも、腸溶性のコーティングを施した顆粒剤(商品名ミニマックス)として発売されています。

 次に、腸溶性のコーティング技術とは、どのようなものかについて説明しておきましょう。

 たとえば、抗生物質のアンピシリンは、極めて水に溶けやすい性質を持っています。ところが、小腸の細胞は「リン脂質」という油性成分でできている「脂質二分子層膜」でできています。薬が吸収されるためには、この脂質二分子層膜を通らなければなりません。ある程度、脂質に親和性を持つ薬だとこの膜をなんなく通ります。しかし、水に極めて溶けやすい性質の薬は、この膜にはじきかえされてしまいます。ですから、アンピシリンは小腸からの吸収が低い薬だと言えます。

 しかし、この欠点を補うために、アンピシリンの化学構造を一部変えて、油に溶けやすくした抗生物質のアモキシシリン(商品名アモリン、サワシリン、パセトシンなど)が開発されました。アモキシシリンは、脂質二分子層膜に対する親和性が増し、吸収がほぼ100%にまで上がりました。

 アンピシリンと同じく小腸からの吸収の低い薬剤に、ウイルス感染症薬のアシクロビル(商品名ソビラックス、アシクリルなど)があります。

 さらに、アンピシリンやアシクロビルよりも小腸からの吸収が低いため、飲み薬としては開発できず、注射薬としてのみ開発された薬剤として、抗生物質のセファソリンナトリウム(商品名セファメジンαなど)、抗ガン薬のシスプラチン(商品名ランダ、ブリプラテンなど)があります。

 以上に述べた薬剤は、水で溶けすぎるため脂質二分子層膜に親和性がなく、吸収が低い薬剤です。

 いっぽう、水にはまったぐ溶けず、油によぐ溶ける薬剤があります。この薬剤の代表が、エイズ薬のリトナビル(商品名ノービア)、メシル酸サキナビル(商品名インビラーゼ)などです。これらの薬剤は、水に溶けにくいので小腸で溶けきれず、吸収が非常に低くなっています。これらの薬剤は、まるで砂利が小腸の中を転がっていくようなものです。

『薬の聞く人、効かない人』高田寛治著より