がん告知を受けていない患者への服薬指導法

 告知を受けていない場合は,患者がそれまで説明を受けている病名,治療法,薬剤などについての理解が必要であり,また患者の関係者で真実を告げられている人がいるとすればそれは誰なのかも把握しておかなければならない。

 抗癌剤の説明には苦慮するところであるが,「病気の進行を抑える薬」,「免疫をつける薬」等の表現が使われる。薬剤を他人に譲ったりすることのないよう「あなたの病気のタイプに合った薬ですが,他の人には合わない場合もありますので,あげたりしないで下さい」と,付け加えて指導することる」ことを説明した上で,個々の症状に触れるのも一案である。

 毎回の医師・看護婦との打ち合わせや指導後の報告を密に行い,説明の表現の統一を図ることが最も重要である。

 近年,日本でもインフォームド・コンセントが提唱されるようになってきた。インフォームド・コンセントとは,“検査や治療に先だって患者に十分な説明を行い同意の上で行う”という倫理規範であるが,癌の場合,その前に「病名告知」が避けて通れない問題として存在している。欧米に比べて日本における癌の告知率は未だ低いが,インフォームド・コンセントの原則は患者並びに医療関係者に徐々に受け入れられつっあるようである。告知を受け入れた患者の多くは,積極的に治療を受げる姿勢を持つ一方,告知によって投与薬剤の作用を明確に説明することができ,治療効果を上げるために不可避の副作用(特に自覚症状)に対して,患者の耐容の度合が高くなる等のメリットが生じる。告知が可能か否かの判断は,表8に示したような基準により下されるが,これが満たされない場合は告知のデメリットの方が大きいと言える。

 告知の最終的な決定は医師が行うが,インフォームド・コンセントの原則に立ち,薬剤師も医療チームの一員として決定に至る話し合いに参加すべきであると考える。告知のメリット・デメリットを理解した上で,患者背景の把握を通して告知を妨げている要因を明らかにし,服薬指導で得た患者情報は的確に医師に伝達し,医師の最終決定に示唆を与えることが必要である。そして告知後は,服薬指導を通じて患者の精神的サポートを行うことが,より重要となる。

                          癌患者の服薬指導

 最後に,告知を受けていない患者の指導例を,業務の流れに沿って記載する。

[指導例]

 1)患者背景の把握

  ①64歳,男性,無職(元公務員)
   保険:退職・本人(2割負担)

  ②既往:糖尿病(55歳頃より),S状結腸癌(手術後約50日)現在の病態:糖尿病は食事療法のみで管理。術後経過良好。ただし尿蛋白やや高めに推移。他の検査値は正常。

  ③投与薬剤とその薬学的管理:抗癌剤…UFT 1 日3カプセル,毎食後。併用薬剤…タフマックE1日3カプセル,ラックB微粒1日3g,毎食後。重複投与・相互作用・禁忌等…なし。UFTの副作用に「蛋白尿」あり。主治医に連絡し経過観察について協議。

  ④治療方針:術後再発防止のためUFT投与。

  ⑤患者の性格・精神的状態:几帳面。無口。経過良好との主治医の説明を受けて手術・病状などに関してあまり気にしていないが,昨年の妻の死(脳卒中)後,気分がふさぐことがあるとのこと。

  ⑥告知の有無:妻の死後,身内の協力も得られないなど,精神的な面で不安が持たれたため,告知されていない。S状結腸癌については腸閉塞と説明。

 2)指導の計画と実施

 主治医との協議により, UFTカプセルの説明は[術後,また同じような症状が出ないようにするための薬]との表現を取ることにした。

 初回指導…聴取事項;アレルギー歴なし,喫煙・飲酒せず,糖尿病を指摘されてから食事に配慮している。痛み等の患者からの訴えはなかった。指導事項; UFTカプセルは打ち合わせ通り指導。治療の中心になる薬であるので毎食後忘れず飲むようにすること。補助的な薬として,消化酵素剤と整腸剤が処方されている。副作用は特に症状を挙げずに「体調の変化は必ず主治医・看護婦あるいは薬剤師に伝えて下さい」との指導に留めた。

 2回目以降の指導は, UFTカプセルのコソプライアンスの確認,空腹時を避けて多めの水で飲むようにすること,飲み忘れた時は気付いた時点で服用し次回服用時に倍量服用しないこと等,退院後の自己管理を念頭に置いて行った。

 服薬指導を通じて,患者は妻の死後心細くなったことなど心情を次第にもらすようになり,現時点でも告知は難しいと判断されたので,その旨を主治医・看護婦に伝えた。

 近年臨床の場における薬剤師の業務が注目されるようになってきた。診療報酬には入院調剤技術基本料(平成6年4月より薬剤管理指導料)が新設され,第2次医療法改正では,薬剤師が医師・看護婦と並び医療の担い手として明記されるに至った。このような経緯から,医療チームの一員として服薬指導を始め種々の臨床業務に積極的に参加し,従来以上に薬剤の適正使用と患者サービス向上に努めることが病院薬剤師の急務となっている。

 今回は癌患者の服薬指導を概観してきたが,触れなかった話題も多々ある。例えば,抗癌剤投与による二次的な発癌の問題や,抗癌剤の分割使用,廃棄,医療従事者の薬剤被曝40)の問題,あるいは抗癌剤臨床試験への関与などである。また臨床報告も薬剤師に望まれる役割の一つであり,担当患者に関する解析を行い,得られた知見を発表することによって,他の癌患者のより適正な治療のため広く貢献できることになる。すなわち,目の前の患者のみに留まらず,広い視野が必要であることも忘れてはならない点である。

 このような癌の薬物療法の領域において薬剤師への課題は山積しており,難しさを伴うことは否めないが,薬剤師の専門性を十分発揮し得る分野である。これらを徐々に解決して行く前向きな姿勢が求められている。

 米国では核薬学や栄養管理などの専門薬剤師の認定制度に加えて,癌の薬物療法を専門とする薬剤師の認定制度がスタートしつつあるようである42)。日進月歩の研究に関する膨大な情報量に対応し,「抗癌剤の適正使用」という薬剤師の観点から新たな研究開発を行うためには,日本においても今後専門薬剤師の育成が強く求められるであろう。