痴呆の特効薬は、いつできるのか?

 

Q 私は都心に近い老人病院で、痴呆性の老人の介護をしている者ですが、痴呆症に効く薬剤はなぜできないのでしょうか。院長に聞いてみても「わからない」と言います。先生は薬剤の専門家ですので、現在、そうした新薬の開発は進んでいるかどうか教えてください。(45歳 ヘルパー 神奈川)

 アルツ(イマー病を含む痴呆症の患者さんの数は、現在150万人と推計されています。2025年には、313万人に達すると予想されています。

 痴呆症の治療薬の開発は、大変困難です。

 その理由は、第一に人間の痴呆症を反映する実験動物を作るのが難しいからです。人間の痴呆症を持つ実験動物が作れると、開発は早くなります。しかし、ボケているボケていないという検査を、実験動物で行うことは難しいことなのです。

 第二の理由は、痴呆症の病気の仕組みがまだはっきりわかっていないからです。

 たとえば、痴呆は脳のある種の酵素が異常を起こすために起こるとわかれば、その酵素に対する阻害剤を開発すれば道は開けてきます。

 先に述べたように、世界的な規模で新薬の開発競争が行われています。その研究の中心は、体内の酵素、受容体を標的とした新薬の開発です。

 この標的がはっきりと決まると、成果は得やすくなります。痴呆症の薬剤の現状は、病気の原因の標的が決められないので、成果が上かっていません。

 第三の理由は、痴呆症に効く薬剤は脳に効かさなければならないということです。

 しかし、私たちの脳は、薬が入りにくい臓器です。人間にとって大切な臓器である脳は、生体にとっての異物の薬から自身を守る、極めて高度なバリヤー機能が備わっています。

 この機能を専門用語で「血液脳関門」と呼びます。いろいろな化合物がめったやたら脳に入ると、奇行を起こしたりします。そのようなことがないように、脳はしっかりと守られています。

 同じように、女性の胎盤にも「血液胎盤関門」と呼ばれるバリヤー機能があり、タバコの二コチンなどで汚染された母体の血液から、胎児を守る仕組みが備わっています。母親の飲んだ薬剤から薬が簡単に胎児に移行すると、胎児に奇形が起きたり、異常児が出産される可能性があります。だから、胎児を守る機能がもともと胎盤に備わっているのです。

 現在、欧米では痴呆症の治療薬として、タクリン(商品名コグネックス)などが使われています。この薬剤は、脳のなかにある神経伝達物質を分解する酵素コリンエステラーゼの働きを抑えることによって、一時的に記憶力を高めるというものです。

 日本には、脳循環代謝改善薬としてビンポセチン(商品名カランなど)、オザグレルナトリウム(商品名カタクロット、キサンボンなど)があります。

 また、1999年に日本のエーザイが開発した、ピカ新薬の塩酸ドネベジル(商品名アリセプト)がアルツ(イマー型痴呆症の治療薬として認められました。この薬剤は、この領域では
画期的な薬剤で、痴呆の症状の進行を抑える効果があります。

 脳内のアセチルコリンという内因性の物質を分解する、アセチルコリンーエステラーゼという酵素が、痴呆に関与しているのではないか、という学説があります。今、この酵素の阻害剤が、アルツ(イマー型痴呆症薬として期待されています。