薬価差益に対する批判について


 医薬品の基準価格と実勢価格の差を薬価差益または単に薬価差と称し、これが「薬漬け」に象徴される医療荒廃の元凶であると批判されてきた。通常の物品に置き換えると基準価格は小売値、実勢価格は卸値である。卸値に儲け(差益)を上乗せした値段で小売りするというのは商売の常道であり、薬価差益そのものは批判するには値しない。現行薬価制度で批判されるべきは、世間常識をはるかに超えていると憶測される薬価差益率と、このような高収益を容認している価格規制である。すなわち薬価差益は政府の失敗として批判されているのである。

 基準価格は薬価制度創設以来、半世紀にわたって引下げが行われてきた。これだけの値下げが行われれば、もはや値引きの余地のないところまで価格は引き下げられ、薬価差益は解消されているか、存在したとしても微々たるものになっているはずである。それにもかかわらず大きな薬価差益が確保されているのは、薬価基準収載時の価格が異常に高くその後の引下げが不十分であったからにほかならない。なぜ高止まりしているのか。それは実勢価格の加重平均値を基準価格としているからである。R幅を薬価差益の源泉とする見解は誤りで、R幅は薬価差益を拡大しているにすぎない。

 基準価格を実勢価格の加重平均値にすることが薬価差益を生じさせている。

 初期価格(薬価基準収載時価格)をpOとしよう。すると実勢価格は初期価格以下になる。なぜなら初期価格以上の価格で購入しては医療機関、薬局には損失が発生するからである。実勢価格は様々な理由で一物多価になるので、最初の分布をF1とする。最初の薬価改定では分布F1の平均値μ、十Cが基準価格P、として採用されることになる。薬価改定以後はこの医薬品の実勢価格は低下し、その分布はF2となる。

 2回目の薬価改定では、分布F2の平均値μ、十Cが新基準価格P、として採用されることになるので、実勢価格は低下し、分布はさらに左方ヘシフトする。実勢価格の加重平均値を基準価格とする規制方式のもとでは、基準価格の引下げと実勢価格の基準価格以下への低下が繰り返されることとなる。したがって、薬価差は温存されるのである。この方式で薬価差益が解消されるのは、基準価格がこれ以上は引き下げられない水準の価格pJこ設定された時点においてである。なお、最終的な価格水準pバよ、製造原価にメーカー、卸事業者そして医療機関と薬局に適正な収益-たとえば平均的な卸・小売りマージン  が加算された価格である。

 薬価規制の失敗は、実勢価格の平均値を次期基準価格として採用する点に原因がある。前述したように、実勢価格の平均値を基準価格とすることで薬価の継続的な引下げを招くので、それなりの効果は認められる。しかし、価格引下げのスピードがきわめて鈍い。

 かりに最初の改定において分布F1の平均値ではなく最低価格を基準価格とした場合はどうであろうか。改定後の実勢価格はF1の最低価格以下になるので、その分布は、平均値を使用した場合よりも左方にシフトする。最低価格を採用すれば基準価格の引下げは加速され、最終的な価格水準plにはより早く到達することになる。

 このように実勢価格の最低価格を基準価格とする規制は、まことに患者にとって望ましい規制なのであるが、このような規制が行われない理由の1つに平均値に対する迷信があることを指摘しておく。日本人の体格を成人男女の平均身長と平均体重で外国人に説明することは科学的と認められる。しかし、ある株の価値が1年間の平均価格であるとはかぎらない。医薬品のみ取引価格の平均値が意味を持つとは思われず、平均値への迷信から解放され、薬価規制を見直す必要がある。