薬害エイズ被害者の新たなる提訴

 今週金曜日、九五年一〇月六日の六時に、東京地裁および大阪地裁でHIV訴訟に対する和解案が原告、被告双方に裁判長から提示されることになった。最大の焦点は、薬害エイズをひきおこしたことについて厚生省の行政責任をどこまで認めるかである。六年近い裁判の過程で、厚生省は一貰して国の責任を全面否定してきた。だが、その厚生省に対して新たな提訴が行なわれることになった。血友病以外の薬害エイズ被害者が初めて立ち上がったのだ。

 

 この原告は現在、入院中である。体調が悪く、一五分ほどのインタビューも、重く吐き出される息の下で行なわれた。五〇代のこの男性は、自分が薬害エイズにかかった経緯のあらましを語ってくれた。

 

 ちょうど10年前、彼は胃の手術をした。そのときに大量の輸血を受けた。輸血されたのがエイズウイルスに汚染された非加熱濃縮製剤たった。それはミドリ十字の製造したグリスマシンという製剤だった。本来なら、血友病Bの患者に投与されるものだが、血液を凝囚させる力が強いために大手術をした患者や出産時に出血の止まらない妊婦などに、積極的に用いた病院などがあった。かれは体調を崩し始めた数年前に、HIVに感染していたことを知らされたが、彼自身も医師も当初はその原因がわからなかった。

 

 彼にグリスマシンが投与されたのが八五年である。従来の非加熱濃縮製剤の危険性が大いに指摘され、加熱濃縮製剤へと切り替えられていた時期だ。にもかかわらず、彼には危険な非加熱濃縮製剤が大量に投与された。

 

 「ひどいもんです。治療するときも輸血するときもなんの説明もないんですから。告知されたときは頭の中が真っ白になって、かにも考えられませんでした」

 

 彼はエイズ発症の兆候でもあるカンジダ菌で白く染まった唇を舌で湿しながらこう語った。

 

 九月末に発表された厚生省の資料によると、血友病以外の患者に非加熱濃縮製剤を処方していた病院や医療施設は全国で少なくとも五四八施設に上る。これまでに判明した事例では、一つの医療施設でニケタの非血友病患者に非加熱濃縮製剤を投与していたケースもある。そのことから類推すると、五四八施設で用いられていたということは、少なくとも1000人単位の人々にHIVで汚染された血液製剤が処方されていたことになる。まさに寒心の数である。

 

 こうした人々が感染しているか否かを、今すぐに調査して、感染者には発症予防の医療を受けさせニ次感染を起こさせないために生活指導をしていく必要がある。

 

 では厚生省はどんな調査をしたか。厚生省が医療施設に出した通知は、血友病以外の患者に非加熱濃縮製剤を用いたことがあるか、あるなら対象患者は何人か、彼らに対してエイズ検査をしたことがあるか、もしあるならHIV感染者は何人か、という簡単な内容である。

 

 「早く調査せよ」などという文言はどこにもない。それどころか、厚生省は訓査に対して消極的だ。この問題がマスコミによって指摘され始めてからでもすでに足かけ二年が過ぎた。その問、厚生省はなにも手を打たなかった。

 

 その理由を厚生省感染者発症予防・治療に関する研究班班長の山田兼雄教授は次のように推測して説明した「非血友病患者への血液製剤の投与はその多くが肝炎の患者などです。だとすれば、HIVで体調を崩すより肝炎のほうが(肝炎で亡くなるほうが)先ですからね」

 

 だがそれは暴論である。肝炎で命が危ない人ならHIVに感染させてほうっておいてよいとはいえないはずだ。まして今回提訴した患者は肝炎などではない。妊婦も子供も、不必要非加熱濃縮製剤で感染しているのだ。ほうっておけば二次感染も起きる。

 

 東京HIV訴訟での責任回避に力を入れるより、新たに判明しつつある薬害エイズも含めて、厚生省は深く反省すべきである。

 

〔追記〕

 この男性患者は苦しい息をしながら九五年一〇月に亡くなった。遺族は薬害エイズ訴訟の原告となる決意を固めた。第九次原告団の一員として一九九六年四月二六日に提訴の予定である。