性器クラミジア感染症
I 臨床的特徴
1.症状 性器感染症にはいろいろあるが,中でも尿道炎は非淋菌性尿道炎の30~60%を占め,また男子淋菌性尿道炎の4~45%に淋菌と同時に,もしくは淋菌消失後にも検出され, post-gonococcal urethritisの中でも最も頻度の高いものといわれる。他方,尿道炎症状を呈さない患者からも最高7%にC. trachomatisが証明されるという。
症状は急性尿道炎症状である帯白色膿性分泌物,排尿痛,尿道の掻痒感・不快感等であるが,急性淋菌性尿道炎ほどではない。病理組織学的には淋蘭性と異なり,尿道のびらんは皮下には及ばない。尿沈池中の白血球数も淋菌性に比べ少ない。
進行すると一側の睾丸炎,副睾丸炎ならびに前立腺炎等に進展することがある。女子では無ないし軽微症状の子宮頸管クラミジア保有者が5~20%といわれるが,症候性クラミジア頸管炎には粘液膿性帯下等の症状が見られる。
なお,クラミジアは非淋菌性バルトリン腺炎,上向性卵管炎の原因となる。さらに上向すると,腹膜炎,肝周囲炎を起こし,かつては淋菌性といわれたFitg-Hugh-Cur-tis症候群を起こすことが判明した。したがって,不妊症の原因となり得ることが十分示唆される。幼女児の感染は陰門膣炎の形をとる。
2.病原体 Chlamydia trachomatis。A, B, Ba, C, D, E, F, G, H, I, J, K,L一1, L-2, L .3の15の血清型が区別される。尿道感染型の性器感染を起こすのはB, D/E, F/G, H, I, J, Kであり,欧米ではD/E, F/G型の感染が大部分である。日本は欧米の状態に近いoちなみにトラコーマではA, B, Ba, C型,そけいリンパ肉芽腫症ではL-l, L-2,し3型が分離されるo
3.検査 従来,クラミジアの診断は細胞培養法のみであり,検査可能な施設は限られていた。しかし,最近のクラミジア感染症診断法の進歩は顕著で,直接螢光抗体法,酵素免疫法などが開発され,さらにDNA診断も導入されている。今後も診断法の開発は続き,クラミジアの診断はより簡便に,より鋭敏になるのであろう。
1)細胞培養法 McCoy細胞, HeLa299細胞,細胞等による培養法がある。細胞培養法は技術的に煩雑で,また,絶えず細胞培養を維持しなければならず,一般検査室では困難であるいしかし,最も信頼のおける検査方法である。
2)直接螢光抗体法 スワブにて採取した検体を専用のスライドグラスに塗抹し,FITC標識抗クラミジア・トラコチス抗体で染色して,螢光を発するクラミジア粒子を蛍光顕微鏡で見いだす。螢光顕微鏡で観察されるクラミジア粒子はapple greenに染まるが,慣れないと見づらく,その判定には熟練を要す。検体は死滅していても可。
3)酵素免疫法 あらかじめ作製したクラミジア抗体に検体のクラミジア抗原を反応させて発色させ,機械的に陽性・陰性を判定する。操作,判定に熟練を要せず,死滅検体で可であり,最近は男性の初尿沈渣検体で検査可能となったo現在,日本では最も普及している。
4) DNA診断法 最近はDNAを利用した検査法も開発中で,臨床応用も開始されている。
5)血清学的診断法 血清学的診断法は早期診断としてよりも,むしろ診断確定の補助診断として有用である。
II 疫学的特徴
1.発生状況 世界的に蔓延している。欧米では健常男子集団から1~7%,特に女子では5~20%の無症状ないし軽微症状感染があるといわれる。またアメリカ成人一般集団での抗体保有率は10%台といわれる。
開発途上国では母児垂直感染による新生児トラコーマが蔓延している。また乳幼児はC. trac・homatisによる肺炎,中耳炎を起こすことが知られているO
日本ではクラミジアの検査が普及したのは1985年(昭60)ころで,それまでのクラミジア感染の状況は不明であったが,以後,クラミジア感染の状況が知られるようになった。非淋菌性尿道炎の30~50%はクラミジア性であり,また,淋菌性尿道炎の約10~30%にクラミジアを合併している。妊婦の約5%においてクラミジアが検出されている。1987年からの感染症サーベイランス調査では,クラミジアは淋病の次に多く,最近では淋病を上回る報告件数があり,増加傾向にある。
2.感染源 ヒト。ヒト以外の自然感染は見られない(唯一の例外としてマウスに肺炎を起こす一変異種がある)。
3.伝播様式 性交。性的濃厚接触による尿道炎。上向感染による尿路,性器感染,新生児への母児垂直感染によるトラコーマ。乳幼児に対し気道感染による肺炎,中耳炎等。
4.潜伏期 2日ないし6週間(通常10~12日)。
5.伝染期間 粘膜に炎症の見られる急性期。
6.ヒトの感受性 ヒトは上記の例外を除いて唯一の感受性のある宿主。感染により,若干の細胞免疫を残すことが知られているが,宿主免疫の獲得という点では弱い。
予防対策
A 方針
ほかの性病一般の方針と同じ。
B 防疫
1.日本では届出を要する性病ではない。 1987年より結核・感染症サーベイランス事業の対象疾患として,感染状況が調査されている。
2.行動制限 不要。
3.尿道分泌物で汚染された下着類の取り扱いに注意。
4.免疫処置 ない。
5.接触者の調査・検診 性病一般と同じ。
6.特異療法 テトラサイクリン剤,マクロライド系薬剤が有効。ニューキノロン剤の一部(オフロキサシン)も有効。ペニシリン剤は無効。
c 流行時対策,D 国際的対策
性病一般に準ずる。