淋病

I 臨床的特徴

 1.症状 性交に起因する伝染性疾患であって、円柱状および移行上皮細胞に親和性を持つ淋菌によって起こる。したがって、本病はこれらの細胞による組織の部位に限られており、症状、経過および診断の難易に男女差ができる。男では、感染後2~9日で尿道に軽いかゆみや熱っぼさを感じ、尿道口から初めは粘液、次いで膿が出るようになる。尿道口は発赤し、排尿時熱感または疼痛を覚える。放置すると、前部尿道炎から奥に進み後部尿道炎を起こし、頻尿、排尿困難を来し、排尿の終わりに出血を見る。さらに、前立腺炎、副睾丸炎、また女にやや多いがまれに関節炎、皮疹(四肢)、心内膜炎、脳膜炎、敗血症disseminated gonococcal infection などを起こすことがある。女では、感染後数日で初期尿道炎または子宮頸管炎を起こすが、軽症のため気づかれずに過ぎてしまうことが多い。その後、子宮内膜炎、卵管炎、卵巣炎、子宮周囲炎、骨盤腹膜炎などに進展する。女子の尿道炎は男子に比べて軽いが、膀胱炎を起こすと、頻尿、排尿痛などの症状を伴う。

 まれではあるが、思春期前の女子に陰門膣炎などを、また新生児に淋菌性眼炎(膿漏眼)を起こすことがある。

 女の性器の炎症、男の非淋菌性尿道炎、思春期前の女子のほかのいろいろな病原体による急性陰門膣炎、新生児のその他の眼炎などと鑑別を要する。いずれも細菌学的検査によらなければならない。

 2. 病原体 淋菌。グラム陰性の細胞内双球菌。

 3.検査 類似の症状を呈するものが多いので、細菌学的検査が絶対必要である。法の施行規則には、顕微鏡による塗抹標本検査ならびに要すれば培養検査をすることが定められている。

 鏡検だけでは他のナイセリア属緋菌と鑑別できないので、同定は分離培養による。女子患者の約4割とホモ患者は直腸からの標本から本菌が証明される。咽頭からの本菌の分離症例もしばしば報告される。

 II 疫学的特徴

 1.発生状況 世界中普遍的に存在する疾患で、わが国でも届出の開始された1947年(昭22)と翌1948年は、年間20万人以上の届出があったが、その後漸次減少し、特に1957年売春防止法の施行以後は、患者が潜在化し、届出は極端に少なくなった。それにもかかわらず、その後の本病の届出は1967年(昭42)をピークとする世界的流行の反映と見られる増加を示した。1978年(昭53)より再び届出は上昇を続けており、米国を始めとする空前の世界的流行期にあるoしかし、日本では1984年をピークにして減少傾向を示している。

 一般に、男女とも性的活動の盛んな若年層の増加率が高い。 1976年ベータラクタメイス産生菌(PPNG)株の存在が確認され、わが国でも輸入株の報告が相次ぎ、今や完全に国内に定着したと考えられる(分離率十数%)。なお、プラスミドの分子量により、アジア型とアフリカ型、新アフリカ型が区別される。1981年ペニシリンに替わって推奨されたスペクチノマイシンにも一部地域で耐性株出現が報ぜられている。

 2.感染源 ヒトが唯一の病原巣であり、感染源は患者の粘膜からの滲出物である。

 3.伝播様式 ほとんどすべて性交によるが、女児では浴場、下着、直腸体温計の不注意な無差別的使用にあることもあり、新生児では、出生時に眼に感染することがある。

 4.潜伏期 通常3~9日,ときにはより長いこともある。

 5.伝染期間 特異療法で治療されれば,数時間か数日で伝染性はなくなるが,そうでないと数か月ないし数年にわたることもある。

 6.ヒトの感受性 感受性は普遍的である。再感染しなければ通常は自然治癒する。獲得免疫は証明されていない。したがって,一度罹患しても再感染を防ぎ得ない。

 Ⅲ 予防対策

 A 方針

 性病予防法によって規制されている。

 1.出生時に新生児の眼を保護するため,一定の有効な製剤を使用する。望ましいものとして1%硝酸銀溶液の点眼があるO特異的で安定な抗菌薬(例えば,lg当たり10万単位のペニシリン軟膏)は,硝酸銀溶液と同様有効であることが認められている。しかしながら,まだ本疾患流行地での大規模な長期にわたる対照試験は行われていない。

 2.そのほかの予防対策の基本的な方針(衛生教育,社会対策など)は,梅毒の場合と同様であるが尿道炎に関する限り,コンドームの使用は個人予防には有効である。

 B 防疫

 1.届出,隔離,消毒,行動制限などについては,すべて梅毒と同様である。

 2.接触者および感染源の調査 患者との面接による接触者の追求は困難だが極めて有効であり,性病防疫活動の基本でもある。よく訓練された者なら,良好な結果が得られる。淋病患者に接した者を発見したら,臨床症状は出ていなくても,直ちに治療させる必要がある。それは,診断が困難であったり遅れることがある一方,接触者は性交を続け,さらに接触者を多くする可能性があるからである。調査は発病前10日間のすべての性交相手について行う。併せて,梅毒の血清反応検査を当初と治療開始後4か月後に実施するとよい。

 3.特異療法 水溶性プロカインペニシリンGを主とする抗菌薬が用いられる。直前に1gのプロペネシドを内服する。通常240万単位の筋肉注射を1~2回すれば全治する。経口投与の抗菌薬も用いられる。

 ペニシリン過敏症またはペニシリン耐性の場合は,塩酸テトラサイクリン内服,スペクチノマイシン筋注あるいはセフォキシチン筋注またはセフォタキシムが用いられる。日本では主にペニシリン剤や二ユーキノロン剤などの経口剤が使用されている。治癒の判定は症状だけでなく,菌検査によって確認しなければならない。治癒が顕著でない場合は,非淋菌性尿道炎か他の疾患を考えるべきである。

 C 流行時対策

 AおよびBに挙げた対策を強化する。

 D 国際的対策

 国内常時検査体制(サーベイランスシステム)の強化と相まって国際的に迅速な検査情報交換体制の設立。