クル

1.症状 病初期には小脳性運動失調症状が前景に立つ。すなわち、不安定歩行で初発し、企図振せんや楫音障害も出現してくる。 Kuruとはフォア語で[震える]という意味である。その後、数か月で患者は寝たきりとなる。そして食物摂取もできず、尿便失禁の状態となる。発熱は見られない。栄養失調や感染症によって1~2年以内にほぽ仝例が死亡する。

 病理学的変化は中枢神経に限局する。肉眼的には、脳は全体的に萎縮しているが、特に小脳の萎縮が著しい。組織学的には、神経細胞の脱落、空胞形成、星状謬細胞の増殖が見られる。炎症反応は見られない。またPAS染色陽性で、嗜銀性を有するクル斑が主に小脳に見られる。

 2.病原体 非通常ウイルスによるとされる。患者の脳組織をチンパンジーおよび数種のサルに脳内摂取することにより伝播可能である。おそらくはヤコブ・クロイツフェルト病の病原体と同様のものと考えられる。

 3.検査 特異的な微生物学的・血清学的検査法はない。

 Ⅱ 疫学的特徴

 1.発生状況 東部ニューギニア高地のフォア(Fore)族にのみ発症してきた。本症が発見された当初は、全人口の約1%が毎年発病してきた。患者の多くは成人女性であり、小児(男女ほぽ同数)がこれに次いだ。本症の伝播には死者の肉体を食う風習が関与しており、この風習は主として成人女性と小児によって行われていた。 1960年(昭35)までにこの風習は廃止され、以後発生はまれとなった。ことに近年小児の発症はまったく見られない。
 2.感染源 本病死者の脳o
 3.伝播様式 フォア族では、親族に死者があるとその肉体を食う儀式的食人の風習(cannibalism)があり、これが伝播に関係ありとされている。
 4.潜伏期 数年から二十数年。チンパンジーの脳内接種実験では18~21か月。
 5.伝染期間 不明。
 6.ヒトの感受性 特殊な風習のもとにフォア族にのみ患者が出たが、おそらくヒトは一般に感受性があると考えられる。

 Ⅲ 予防対策

 東部ニューギニア高地に局在する感染症であるが、食人の風習が廃止されてからほとんど発生しなくなっているので、本症が輸入される可能性はほとんどない。

 万一の場合は、次に述べるヤコブ・クロイツフェルト病と同様の方針で臨めばよい。