ヤコブ・クロイツフェルト病

I 臨床的特徴

 1.症状 初期には、倦怠感、物忘れ、抑うつ、めまい感、軽度の歩行障害や視覚障害などで徐々に発症する。その後は痴呆症状が亜急性に進行していく。また全身各所にミオクローヌスが見られ、これには周期的に自発性に出現するものと各種の刺激で誘発されるものがある。そのほか、錐体路錐体外路徴候、小脳症状や失語、失行、失認、皮質盲などが出現し得る。末期にはミオクローヌスも消失し、開眼しているが外界からの刺激に反応しなくなる、いわゆる失外套症候群を呈するようになる。発病から2年以内に感染症などで死亡することが多い。これまでに治癒した例はないO

 中高年の成人に、進行性の痴呆、ミオクローヌス、脳波における周期性同期性放電の3つがそろえば診断は比較的容易である。

 病理学的変化はクルと同様に中枢神経系に限られる。脳は全体的に萎縮し、特に大脳皮質、視床基底核などが侵されやすい。組織学的には神経細胞の変性脱落、海綿状態、星状膠細胞の増加、またときにクル斑が見られる。炎症反応は見られない。

 2.病原体 患者の脳、脾臓、リンパ節等を霊長類や齧歯類などの動物の脳内等に接種することにより、長い潜伏期の後発病させることができる。このように伝播性を有することから非通常ウイルスが原因とされてきたが、前述のようにいまだ特定のウイルスは確認されていない。また、熱、紫外線、ホルマリンなどの一般的な滅菌法では病原性を不活化できないことも大きな特徴である。近年、本症の病因論においてプリオン(prion)が注目されてきた。これは羊のスローウイルス感染症であるスクレイピーに罹患したハムスターの脳から抽出した、主に蛋白から成る高い感染力を持つ分画に対して命名されたものである。これまでのところプリオンの中にウイルス核酸は認められていない。いろいろな中枢神経疾患のうち、本症の患者脳のみが抗プリオン抗体を用いた免疫染色で染められるため、プリオンは本症に特異的な物質と考えられる。しかし、プリオンと感染性を分離できたとする報告もあり、プリオンが本症の病原体そのものであるか、あるいは単なる病的産物に過ぎないのかについては一定の結論は得られていない。

 3.検査 一般の検血、検尿、生化学血清学的検査では異常はない。髄液ではときに軽度蛋白の上昇を認める。脳波では、高振幅の3相波の形をとる周期性同期性放電が見られるのが特徴であり、診断上重要である。 CTやMRIでは脳の萎縮が見られる。

 II 疫学的特徴

 1.発生状況 わが国を含めてほぼ全世界に分布している。有病率は人口100万人当たり約1人と推定される。立ダヤ系リビア人などに多発するとの報告があるが、わが国では特に地域集積性はない。発症年齢は50~60歳代に多い。性差はない。

 2.感染源 本症患者の脳が最も高い感染性を有するが、そのほか、脾臓、リンパ節、肝臓、腎臓、角膜、血液、髄液なども感染性がある。

 3.伝播様式 いくつかの医原性伝播例が知られている。角膜移植、てんかん手術時に用いる脳内深部電極の再使用、そのほかの脳外科手術、ヒト下垂体から抽出された成長ホルモンの投与などにより発症した例がある。家族内発症例もある。しかし本症の大部分を占める孤発例における伝播様式は不明である。

 4.潜伏期 成長ホルモン投与例では5~20年程度と長いが、そのほかの医原性伝播例では1.5~2年程度である。孤発例では感染の時期が特定できないため潜伏期も不明である。

 5.伝染期間 発症後は全経過を通して、患者の脳を始め、臓器や組織にはいずれも感染性があると考えた方がよい。一方、患者の分泌液や排泄物から感染したという積極的な証拠はない。

 6. ヒトの感受性 わが国の例におけるHLA解析の結果、 HLA DQW3 が多いことが報告されており、遺伝的素因が本症の発症に関与していることを示唆している。家族内発症例があるのは、遺伝的素因によるのか、密接な接触が伝播を可能にしているのか不明である。

 Ⅲ 予防対策

 患者との日常的な接触で感染する危険はなく、患者を隔離する必要はない。血液や髄液は手袋をして注意深く扱い、注射器や手術器具などの医用機材はなるべくアイスポーザブルのものを用いて、使用後は焼却するのが望ましい。やむを得ない場合には、1~2Nの苛性ソーダに室温で長時間浸漬した後に、オートクレーブを数時間かける必要がある。本症患者からの輸血や臓器移植は行うべきではない。なお、成長ホルモンに関しては、最近、感染源となる危険のない遺伝子工学の手法を用いてつくられたリコンビナントの成長ホルモンが広く使用されるようになってきている。