軟性下疳
I 臨床的特徴 1.症状 感染局所の壊死性潰瘍を特徴とする急性の局所性感染症。菌の侵入後3~5日で局所の発赤、腫脹、潰瘍を形成し、激しい圧痛がある。付近のリンパ節やリンパ管の炎症を伴う。発生場所は通常性器(主として外陰部)であるが、ときに肛門、臍、舌、口唇、乳房、顎、眼球結膜なども報告されている。普通は2~3週間で瘢痕を残して治癒するが、包茎の者には亀頭包皮炎や炎症包茎を起こしたり、発病後2~3週間で横猿(俗には横根)を併発することもある。これは、鼠径リンパ節が鶏卵大あるいはそれ以上に腫れ、圧痛、自発痛が激しく発熱する。放置しておくと外部に破れ膿を排出する。 梅毒と似た点もあるが、梅毒では感染後発症までに長期(9~90日)を要すること、局所が硬い(硬性下疳)ことなどの点が異なる。また、梅毒の横猿は痛みはない。 2.病原体 軟性下疳菌。グラム染色陰性。 3.検査 病変周辺部の滲出液のグラムおよびギームザ染色鏡検、現在抗原は市販されていないが、皮内反応(伊東反応)がある。 疫学的特徴 1.発生状況 世界中どの地域にも広く分布しているが、熱帯、亜熱帯の途上国海港での流行はしばしば梅毒に匹敵する。わが国の発生を見ると、第二次世界大戦直後は2~4万人の届出があったが、最近では100人以下となった。しかし、届出数からだけで真の流行状況を知ることは困難であるが、生活水準の向上に伴い流行の消退か見られることは確かである。 2.感染源 ヒトが病原巣であり、患者の開放病巣からの分泌物からの膿が感染源となる。女子がときとして無症状感染の状態にあることがあるo 3.伝播様式 大部分は性交による。売春、乱交および不潔な性接触が伝播を助長する因子となる。まれには医師や看護婦の手に感染したり、小児が感染することもある。 4.潜伏期 3~5日、ときにより14日くらいまで。粘膜に亀裂、剥離があると24時間くらいで発病。 5.伝染期間 病原体が、原発病巣または分泌物を出す所属リンパ節に存在する限り持続する。通常は治癒するまでで、数週間のことが多い。 6.ヒトの感受性 感受性は普遍的である。自然または後天免疫を持つかどうか確証がない。 Ⅲ 予防対策 A 方針 性病予防法によって規制されている。 衛生教育や社会対策については、梅毒の場合と同様である。 B 防疫 1.届出、隔離、消毒、行動制限などについては、すべて梅毒と同様である。 2.性交直前と直後に石けんで十分に外性器会陰部を洗浄する。 3.接触者および感染源の調査 梅毒、淋病と同様、患者に面接して感染源を探求し、接触者を拾い上げていく活動が大切である。病巣発現前2週間からのすべての性的接触者について行う。症状が現れてからの接触者には、速やかに治療を行わせる。明白な症状を伴わない女子の保菌者が存在することに留意する。 4.特異療法 従来、軟性下疳にはテトラサイクリン剤やサルファ剤が使用されていたが、最近は、この両薬剤に対しての耐性菌が出現している。現在はsulfa-methoxazole trimethoprim (ST合剤)やマクロライド系薬剤が投与されている。