薬価差を必死に守る厚生省と製薬会社

 厚生省の「薬価差問題プロジェクトチーム」が一九九六年六月末に中間報告を出しか。四月に菅直人厚生大臣が薬価差を解消することを目標に設置したのが同プロジェクトチームだ。中間報告は「当面は現行薬価基準を維持する」との結論を出しか。

 

 中間報告というかたちになっているが、これは事実上の最終報告に等しい。菅大臣の薬価差を解消すべきだという考えは、岡光序治前保険局長(七月から保険局長は山口剛彦氏になった)以下、同チームの構成メンバーである厚生官僚によって、正面から否定されたことになる。彼らの下した結論の背景には、全国で八一八社という世界に類例のないほど多い製薬会社の強い意向があるといえる。

 

 だが、製薬メーカーがいかに反対しようとも、現在の薬価基準に基づいた薬価差が日本の医療の姿を歪めているのは否定できない事実だ。

 

 また薬害エイズの場合、非加熱濃縮製剤のもたらす大幅な薬価差が病院に大きな収益をもたらしたために、医師らが患者に同製剤を使わせ続けたと指摘された。薬価差があるために、日本の医療は不必要な薬も含めて大量に投与され患者を薬漬けにしている。

 

 その結果、国民医療費に占める薬剤費が三〇%という薬偏重のいびつな現状が生まれている。

 

 いわば諸悪の根源である薬価差を、なぜ製薬メーカーは維持したいのか。その理由は、彼らの九五年度の決算書をみれば一目瞭然だ。

 

 自治体病院共済会の調査によると、製薬メー力1はここ数年の不景気にもかかわらず、九五年度の決算も史上最高の利益を確保している。

 

 例えば最大手である武田薬品工業の経常利益は、九一七億九一〇〇万円である。この数字は、例えばシャープや富士通など成長株である情報通信機器メーカーの大企業の利益を軽く超える。

 

 製薬企業トップ五○社の九五年度決算の経常利益の合計は九八五四億円余り、なんと一兆円に迫る勢いである。刈前生度比では九一・四%増、刮目に値する成長率だ。製薬メーカーの経常利益は他の業種の利幅圧縮の惨たんたる現状に比べて、きわめて異色の姿をみせている。

 

 彼らは全国で五万五〇〇〇人にものばるMR(薬剤の販売社員。病院や医師を訪れ、医薬品の効能を説き、薬剤を売り込むスタッフ)を使って、薬剤の拡販にいそしむ。MRは往々にして公私を問わず医師につかえ信頼を獲得し、自社の薬剤を購入してもらうよう働きかける。

 

 MRの数は、約二四万人いる令国の医師、四人につきおよそ一人の勘定になる。MR一人にかかる人件費が年間一〇〇〇万円としても、全体で五○OO億円を超えるコストとなる。人件費は当然、薬代に含まれているから、国民医療費の中の総額八兆円といわれる薬剤費に含まれ、私たちの負担となっている。

 

 一方で、それはどの数の売り込みスタッフを抱えながら、日本の製薬企業の実力は、国際比較するときわめて貧弱だ。世界に通用する薬剤を、どれほど自社開発してきたか。

 

 健康保険で支払ってもらえる薬剤、いわゆる薬価が定められている薬品は現在一万二九〇〇余品目あるが、このなかでも世界に通用する日本の薬剤はメバロチン田辺製薬のヘルベッサー、藤沢薬品工業プログラマの三品目くらいしかないといわれている。

 

 研究開発が遅れており、先進国のなかでただ日本一国のみが、薬剤に関しては大幅な輸入超過である。

 

 効き目のある薬の独白開発ができていないという、きわめて土台の不安定な製薬業界が、他の産業の不振をしりめに史上最高益を謳歌できるのが、薬価差のおかけなのである。

 

 そして、薬価差を支えているのが国民皆保険である。どんなに法外な薬価でも、規定どおり黙って払ってくれる健康保険制度の枠のなかで、薬価差の大きい薬ほどより多く患者に投与されてきた。

 

 だが、今健康保険制度そのものが揺らいでいる。健保組合の九割が赤字に転落したという非常事態のなかで、財政面からも薬価差は許容されなくなり始めたのだ。プロジェクトチームの「薬価間題は当面現状維持」との結論は、そのような現状を無視したもので、害あって益なしの時代の流れに逆行する結論である。