睡眠をもたらす脳内物質は何なのか?

脳波の睡眠と目覚めのパターンの変化をもとにして睡眠物質を探求した主要な研究にはどのようなものがあるでしょうか。睡眠物質が血液中の未知のホルモンである可能性は、すでにシャム双生児が別々に眠ることから否定されているので、研究の焦点は脳あるいは脳脊髄液中の物質にしぼられました。脳脊髄液と血液の間の物質の移動は極めて限られています。これを血液脳関門といい、血液中に入った異物が脳に達しないよう脳を保護する働きがあります。したがって睡眠物質は脳脊髄液から血管中には出ていかなという前提があります。その主要な研究は以下の通りですが、これらのほかにも多くの報告がなされています。

(1)スイスのマルセル・モニエらは睡眠中のウサギの脳を通過した血液から、ウサギの脳に注入すると脳波に深い睡眠に特有のデルタ波が高頻度で現れる物質を取り出し、これをデルタ睡眠誘発因子と名付けました。この物質はのちに9個のアミノ酸からなるペプチドであることがわかりました。

(2)米国のジョン・パッペンハイマーは、断眠したヤギの脳脊髄液をネズミの脳に与えると、ネズミの1日の運動量が減少することから、睡眠促進因子がこの中に含まれていると主張しました。この物質ははるかのちにムラミルペプチドという化学物質であることがわかりました。

(3)我が国の井上品次郎らは、断眠ネズミの脳の抽出液がネズミに及ぼす影響から、やはりこの中に睡眠促進物質が含まれていると考えました。この物質は後にウリジンと同定されました。

(4)柳沢勇らは、ヒトの脳脊髄液中のガンマブロムという物質が、ネコにレム睡眠を起こさせる効果のあることを発見しました。しかし、実際の脳波記録からレム睡眠期間を測定する基準はあいまいであり、レム睡眠の期間はかなり恣意的に測定されました。さらにこの物質はレム睡眠出現の頻度を増大させているにすぎません。

これらの研究グループは、いずれも驚愕すべき粘り強さで、10年以上にわたって彼らが信ずる睡眠物質の純粋化と化学構造の決定に努力しました。一方、すでに生体中に存在し、その化学構造もわかっている物質の中に睡眠物質を求めようとした研究も数多くあります。