下戸遺伝子は進化の証し?

上戸の人はよく「お酒の飲めない奴はかわいそうだ。人生がどれほど味気ないか」などとのたよう。確かにアルコールには心身をリラックスさせ、ストレスを緩和させる働きがあり、食欲を増進させてもくれる。「酒は百薬の長」も医学的にあながち嘘ともいえない。だが、これらのプラスの作用はアルコール摂取量が少量の場合に限っての話だ。

 アルコールの大量摂取は中毒を招きかねない。短時間にアルコールを大量に飲めば、血液中のアルコール濃度がいっきに上昇し、急性アルコール中毒になることがある。

 一般に血中アルコール濃度が〇・三%を超えると昏睡状態に陥り、〇・四%に達すると死に至るといわれる。これは日本酒なら五~七合、ビールなら大瓶五~七本、ウイスキーではダブルで四~六杯をいっきに飲んだときのアルコール量に当たる。これらの量のアルコールを短時間に摂取すれば、肝臓でアルコールを分解する処理が追いつかず、脳が萎縮し機能が停止する。

 例年いわゆる「いっき飲み」で死亡する若者が後を絶だない。アルコール問題全国市民協会の調べによると、判明しているだけで一九八六年以降急性アルコールコール中毒による死亡者は九〇名以上になる。そのすべてとはいわないまでも、多くが「いっき飲み」の被害らしい。とくに先のALDH2遺伝子の欠損の人に対してまわりが「いっき飲み」を強制すれば、それはれっきとした殺人行為になる。

 とはいえ、このようないっき飲みの被害を別とすれば、「お酒に弱い遺伝子」が社会生活上不利だということはない。むしろ、ヒトが進化の上で獲得した優れた遺伝子といいたいくらいだ。アルコールは少量なら薬にもなるが、習慣性があり、ヒトを大量飲酒へと導きがちである。大量飲酒が続くとアルコール依存症にもなりかねない。その点お酒を飲めない人はアルコール依存症から完全に守られているからだ。

 一九八七年に行われた総理府の調査によれば、ほとんど毎日飲酒する人は男性の五六・八%、女性の一九・九%にも及ぶ。この割合からすれば、「お酒に強い」遺伝子の男性はほぼ全員が毎日飲酒している計算になる。しかし毎晩晩酌を楽しんだとしても、翌朝にはきちんと会社に行って仕事をする人は正常な酒飲みだ。おそらく酒量もほどほどだろう。ただし、なかには通常の社会生活が困難になるほど酒を飮んでしまう人も少なからずいる。

 九三年の調査では一日平均一五〇ミリリットル以上のアルコールを飲む大量飲酒者の数は二三〇万人に達するという。一五〇ミリリットルというのは日本酒に換算すると五合半、ビールなら大瓶六本、ウイスキーならダブル六抔で、先ほどの急性アルコール中毒を引き起こす量に匹敵する。

 このような大量飲酒者はアルコール依存症にかかっているか、もしくはかかる寸前の人たちである。アルコール依存症とは、一度飲みだしたら飲みつぶれるまで止まらない抑制不能の飲酒病のことだ。