病原体の認定:コッホの条件

 微生物をある伝染病の病原体と認定するためには、原則的にRobert Kochが挙げた次のコッホの条件Koch's postulatesを満足させる必要があるにの条件は、もともとJacob Henleが1840年に原則を設定しており、 Kochが1877年に改案、さらに1882年に下記のように改訂したもので、ヘンレ・コッホの条件Henle-Koch's postulates とも呼ばれる)。

 (1)その疾病では必ずその微生物が見いだされること。

 (2)その微生物は分離して純培養が可能なこと。

 (3)その純培養を感受性のある動物に接種して、同一疾病を起こし得ること。

 (4)その罹患動物には同一の微生物が見いだされ、再び純培養が可能なこと。

 以上の4条件のうち(3)と(4)を併せて3条件とすることもある。これは、あくまでもコッホが示した原則で、実際にはこれらの条件をすべて満たすことは困難といってまい。また、今日ではこれらの条件のほかに、免疫抗体の検出を加える必要が生しており、エバンスの条件Evans's postulates などの新しい条件が提起されている。

 生物医学的知識の発展は、ヘンレ・コッホの条件Henle's andKoch's postulates の改訂をもたらした。 Alfred Evans は、ヘンレとコッホのモデルを基盤に非感染症の場合も含めて、病因と疾病との間の因果関係を決定するために、以下のような条件を設定した。

 その疾病の有病率は、仮説原因への曝露者が非曝露の対照者に比べて有意に高いこと。

 (2)ほかのすべての危険因子が一定に保たれているとき、仮説原因への曝露はその疾病の罹患者が非罹患の対照者に比べてより高頻度なこと。

 (3)前向き研究で示されるように、その疾病の発生率は、仮説原因への曝露者が非曝露者に比べて有意に高いこと。

 (4)その疾病は、仮説原因への曝露に続き、釣鐘型曲線に分布する潜伏期をもって発生すること。

 (5)宿主反応のスペクトルは、仮説原因への曝露に続き、軽症から重症まで矛盾のない生物学的勾配を示すごと。

(6)仮説原因への曝露に続く測定可能な宿主反応は、曝露前にこの反応(例えば、抗体、がん細胞)を欠いている者では高い確率で現れるか、または曝露前もあったのならその程度が増加すること。この反応は、非曝露者の場合、まれにしか現れないこと。

 (7)その疾病の実験的な再現は、仮説原因への曝露動物や人では、非曝露の場合に比べてより頻繁に見られること。この曝露は、ボランティアで慎重に計画されてもよいし、研究室で実験的に発生させてもよいし、自然曝露の規制を表したものでもよい、

 (8)仮説原因の除外あるいは軽減により、その疾病の発生を減少すること(すなわち、ウイルスの減毒、紙巻きたばこからのタール除去)。

 (9)仮説原因への曝露に対する宿主反応の予防あるいは軽減は、その疾病を減少させるか、除去すること(すなわち、予防接種、コレステロールを低下させる薬剤、がんにおける特殊なリンパ球転移因子)。

  すべての関係と所見が、生物学的にも疫学的にも道理にかなっていること。

 伝染病の発生に病原体の存在は必要条件であるが、それだけでは十分条件といえない。上述した感染経路と宿主の感受性の2要因のほかに、病原体自身の条件によっても伝染病の発生は左右される。その主なものは病原体の病原性、毒力、量、抵抗性などである。

 病原性pathogenicityとは、病原体が感受性のある宿主に疾病を引き起こす能力をいう。

 毒力virulenceというのは病原体が持つ病原性の程度のことで、致命率や宿主の組織に侵入して障害を与える能力によって表される。菌型によって毒力に違いのある場合が多いが、このほか継代培養、動物通過、薬剤抵抗性の獲得などが毒力に影響を与えることがある。

 感染性infectivityという言葉もときに使われるが、これは病原体が宿主に到達して、感染を起こすための最初の足場をつくる能力をいい、毒力とは意味が異なる。

 伝染性communicabilityというのは、感染性とほぽ同じと考えてよい。

 病原体の量doseとそれに対する宿主の反応responseは一般に量-反応曲線dose-response curveに一致するものと考えられている。すなわち、病原体が一定量になるまでは宿主の反応はゆるやかで発病にまで至らないが、一定量(発病量onset dose という)以上になると発病し、病原体量の多いほど発病率や致命率が高く潜伏期も短縮される。量がさらに増加すれば、宿主の反応は漸近線asymptoteに近づきその増加は再び緩やかとなる。

 自然界における病原体の抵抗性resistanceは、病原体の種類や存在条件によって異なっており、伝染病の発生に直接・間接に影響する。

 病原体が本来生活している場所を病原巣reservoir of infectious agents といい、ヒト(例:赤痢)、動物(例:狂犬病)、節足動物(例づつつが虫病)、植物(例:クロモブラストミコーシス)、土壌(例:コクシジオイデス症)、無生有機物(例:クリプトコックス症)などがこれに当たるoそこで病原体は増殖し、生存しているo

 ごれに対して、ヒト、動物、物体あるいは物質から病原体が直接宿主に伝播する場合、これを感染源source of infection と呼ぶ。病原巣から宿主に直接病原体の伝播する場合が少なくないが、この場合は病原巣が感染源である(例:麻疹)。汚染された水(腸チフス)、感染した蚊(黄熱)、牛肉(条虫感染症)、玩具(ジフテリア)などはいずれも感染源であり、これらの病原巣は感染を受けた人間である。

 なお、汚染源source of contamination というのは感染源とまったく別で、例えば水道を汚染する浄化槽の溢水や、サラダを汚染する感染した料理人などがこれに当たる。

 感染源としてのヒトあるいは動物が、その保有する病原体を直接・間接にほかのヒトあるいは動物に伝播し得る期間を伝染期間communicable period という。例えば、ジフテリアやしょう紅熱では、病原体が侵入した当初から粘膜に病変ができるので、伝染期間は感染源に曝露した最初の日から、粘膜よりの排菌がなくなるまでの期間、すなわち前駆期以前より保菌状態の終わるまでの期間ということになる。

 結核、梅毒、淋病および一部のサルモネラ症などの伝染期間は、未治癒病巣からの菌排出が行われる限り、長期にわたり、ときには間歇的に継続することになるが、一方、麻疹、水痘などでは潜伏期の初めや回復後には伝染を起こさないoまた、マラリア、黄熱などの伝染期間は、病原体が感染を受けたヒトの血液や組織の中に、感染型で、しかも媒介動物を感染させるのに十分な数だけ存在する期間である。節足動物の伝染期間とは、病原体がその組織内に感染可能な状態で存在する期間をいう。