単純ヘルペス(単純疱疹)

Ⅰ 臨床的特徴

 1.症状 単純ヘルペスは最も典型的な持続潜伏性ウイルス感染症の1つで、再発傾向がある。単純ヘルペスウイルスHerpes simplex virus (HSV)には1型と2型がある。

 HSV1型の初感染は乳幼児期に起こり無症状に経過することが多いが、1~10%は発症し、口腔咽頭粘膜に水疱を生ずる歯肉口内炎のほか、角結膜炎、ヘルペス湿疹、髄膜脳炎を見るが、致命的経過をとる新生児全身ヘルペスなどもあるo初感染としては歯肉口内炎が多いが、持続潜伏感染の再発では口唇ヘルペスが普通で、口唇やその周囲、顔に発赤で囲まれた水疱を生じ数日で治癒する。再発は各種の外傷、発熱、生理的異常、各種疾患の合併症、心理的ストレスなどが引き金となる。

 髄膜脳炎は普通初感染時に起こるが、再発時に起こることもある。ウイルス脳炎としては日本脳炎が減少した現在、頻度の高い重要な疾患であるo発熱、頭痛、白血球増多、種々の程度の意識障害、側頭葉が侵されるために領域の神経症状を見るが、脳腫瘍、結核性髄膜炎、日本脳炎などとの鑑別が必要である。

 HSV2型の初感染は思春期以後に多く、性交により感染し性器ヘルペスを起こす。

 治癒後、再発症を見ることもある。女性の初感染部位は外陰部や子宮頸部であり、発症部位は外陰部、会陰部、下肢、臀部である。わが国では、女性の性器ヘルペスの原因は1型によるものも少なくないとされる。また女性の性器ヘルペスは、子宮頸部がんの発生との関連が考慮されている。男性の性器ヘルペスの病変部位は亀頭、包皮であるが、同性愛者では肛門や直腸にも発生する。性器ヘルペスを罹患している妊婦の経膣分娩の際、出生児が感染し、重症の新生児全身ヘルペスを起こすことがある。

 2.病原体 単純ヘルペスウイルス(HSV) 1型および2型。

 3.検査

 1)ウイルス分離方法 病変部位に応じ、水疱内容、患部組織のバイオプシー、眼結膜ぬぐい液、髄液(分離困難)などを培養細胞に接種し、分離後は単クローン抗体で同定する。診断には患部組織のバイオプシーの核内封人体を持つ細胞所見や螢光抗体法も用いられる。最近PCR法も用いられるようになった。

 2)血清診断 初感染の診断には、急性期、回復期ペア血清に対し補体結合反応、螢光抗体法、 EIA法あるいは中和試験が行われる。

 Ⅱ 疫学的特徴

 1.発生状況 非常に広範囲に分布し、従来、大部分の日本人は20歳くらいまでにHSV1型の感染を受け、成人の70~90%は血清中に中和抗体を認められたが、最近、初感染年齢が上昇傾向にある。また、 HSV2型の侵襲は比較的少なく成人の中和抗体保有率は約20%である。

 2.感染源 病原巣はヒト、感染源はヒトの分泌物。 1型は唾液が感染源として重要で、それに汚染された手指や物品。2型は子宮頸管分泌物や精液。

 3.伝播様式 ウイルスを含む分泌物や患部との直接接触、または汚染された物品との間接接触による。 2型ウイルスはウイルス保有者との性交により感染する。ヘルペスを発症している妊婦は、胎児への経胎盤感染、出生時の産道感染を起こすことがある。

 4.潜伏期 2~12日。

 5.感染期間 口内炎回復後7週間も唾液にウイルスが排出していた例がある。初感染性器ヘルペスで7~12日間、再発ヘルペスで4~7日間の感染期間があるとされるが、無症状感染のヒトの分泌物からもウイルスが排出されるので正確な感染期間を決めることは難しい。

 6.ヒトの感受性 年齢を問わず免疫がなければ容易に感染する。母体からの移行抗体がなくなる生後6月から1年の乳児は感受性が高く発症しやすく、また重症化の傾向がある。アトピー皮膚炎や免疫不全症患者の感染も重症になりやすい。

 予防対策

 A 方針

 普遍的にヒトの間に存在しているウイルスであるから、一生の間に感染を免れることはほとんど不可能である。多くは無症状感染であり局所的のヘルペスであるが、重症例は胎児期、出生時、新生児の感染である。この時期の感染を避けるほか、白血病悪性腫瘍の患者、免疫抑制剤で治療中の患者など、免疫不全状態にある個体への接触感染の防止に努めるべきである。

 B 防疫

 1.個人衛生と衛生教育

 2.湿疹、アトピー皮膚炎患者は、特に接触感染が起きないように注意する。

 3.妊娠後期の婦人が性器ヘルペスに罹患しているとき、出産時に児への感染防止のため帝王切開で出産させることがある。

 4.新生児、湿疹または火傷の患児、白血病悪性腫瘍の患者、免疫抑制剤で治療中の患者は単純ヘルペス患者に接触させないようにする。

 5.特異療法として、角膜ヘルペスには5-ヨード-2'デオキシウリジン(IDU)の点眼、アシクロビル眼軟膏を用いる。この際、副腎皮質ホルモンの使用は症状増悪の危険がある。全身療法には、脳炎や全身感染などの重症例に対してアシクロビルの点滴静注、ビダラビンの点滴静注が有効であり、軽症例ではアシクロビル錠の内服を行う。脳炎は早期に診断し、早期に化学療法を開始する必要がある。

 C 流行時対策、国際的対策

 特にない。