大腸菌性下痢

I 臨床的特徴

 1.症状と病原体 大腸菌性下痢の原因となるいわゆる腸管病原性(下痢原性)大腸菌は、その発生病理ならびに病態生理から少なくとも以下の4種類に分けられる。

 1)病原(血清型):大腸菌 

 2)毒素原性大腸菌

 3)組織侵入性大腸菌 

 4) Vero毒素産生性大腸菌または腸管出血性大腸菌

 EPECはKauffmannの血清学的分類による0111、 055などある特有の血清型を持つ菌である。主として乳幼児の下痢の病原として認められていたもので、病原大腸菌という名称は長い間このグループのみに与えられていた。

 コレラ菌毒素の研究が進展するにつれて、ある種の大腸菌コレラ菌類似の毒素を産生し、それが下痢の原因となることが判明したのがETECのグループである。この毒素には易熱性のLT、耐熱性のSTの2種類があり、LT単独、ST単独、 LT、 ST両毒素産生の3つのタイプが知られている。

 大腸菌のあるものは大腸の粘膜上皮細胞に侵入し、赤痢菌と同じ機構で下痢を起こさせる。この種のものがEIECで、その多くは赤痢菌のO抗原と共通抗原を有する。

 VTECあるいはEHECは出血性大腸炎の原因として新しく認識された菌で、血清型0157 : H7、 026:Hll、 0111 : H-、 0128 : H2などがその代表的なものである。この菌は下痢原毒素としてverotoxin (VT)を産生する。このVTには免疫学的に区別される2種の毒素VT1およびVT2のほか、最近ではVT2に数種のバリアントの存在することも知られようになった。

 以上のように、発生病理と病態の異なる4種類の大腸菌は下痢の症状にもそれぞれの特徴がある。

 EPECはサルモネラ食中毒に見るような胃痛、嘔吐などの胃症状はあまり現れないが、病態としてはサルモネラ腸炎に似ている。新生児、乳児の間では、ときには脱水を伴った重症下痢を引き起こすこともあるが、成人に見られる集団発生例の症例は一般に軽微である。

 ETECによる症状は水様赤痢を主徴とするもので、ときに発熱、嘔吐を伴うこともある。一般に軽症であるが、開発途上国の小児ではコレラ様の1日十数回に及ぶ水様下痢、脱水を伴う重症例も知られている。

 EIECは、細菌性赤痢と同じように血液膿粘液を混じえた下痢が起こり、テネスムスを伴い、主として大腸炎の症状である。0124、 0136、 0144などの血清型が多く検出されるが特に0124が代表的である。

 VTEC(EHEC)の感染では腹痛と下痢を主徴とし、激症例では便に鮮血を混ずることがある。また、ときに溶血性尿毒症性症候群を併発する。

 2.検査 患者糞便、推定原因食品などから菌の分離を行い、以下の方法に従い同定する。EPECは市販の診断用抗血清を用いる血清学的診断によって血清型を確認する。

 ETECはLTとSTを証明して判断するo LTは生物学的性状がコレラ毒素に類似しているので、コレラ毒素の生物学的検査法がすべて利用できる。チャイニーズハムスターオバリー(CHO)細胞やYI副腎細胞の形態変化を調べる方法、ウサギ皮膚毛細血管透過性亢進試験、ウサギ結紮腸管液体貯留試験などが応用される。このほか、ラテックス凝集反応、 Elek試験など免疫学的試験法が利用でき、市販診断キットが入手できる。最近、 DNAプローブやPCR法による診断法も開発利用されている。

 ST検査法としては、生後2~5日の乳のみマウスの胃内に検体を投与し、3~5時間後に腸管内に液体貯留が認められるかどうかを検査するのが一般的であるが、このほか酵素抗体法、 DNAプローブ法、 PCR法も最近開発され、市販の診断用キットが利用できる。

 EIECは市販診断用血清による血清学的診断により推定可能であるが、確実な診断にはモルモットの角膜に菌を移植し、角結膜炎の発現を見るSereny testによるか、HeLa細胞などを用いて細胞侵入性を確認する。最近、酵素抗体法も開発された。VTEC (EHEC)の診断には、VT毒素(VT1および2)の産生性をVero細胞法や免疫学的方法、 PCR法などにより確認する。

  疫学的特徴

 |発生状況 一般に乳幼児および小児が罹患しやすい。特にEPECは、病院の新生児室、育児施設、託児所など2歳以下の乳幼児の集団に起こることが多い。

 ETECは世界各地に分布するが、特に開発途上国における乳幼児の下痢症として多発する。また、こうした地域の旅行者下痢の主因となる。

 EIECは1967年(昭42)日本からの報告で0124、 0136、 0144などが赤痢様症状の患者から分離されたのが初めである。以後欧州に主として発生が報告され、フランスから輸入したチーズによって米国で多数の患者が発生した例もある。

 VTEC(EHEC)は1982年米国で2例の集団発生(ファーストフード店のハンバーガー)が報告されたのが最初で、その後カナダ、英国などから発生報告がある。わが国でも最近集団・散発事例が確認され、発生報告も増えつつある。

 2.感染源と伝播様式 育児業務に従事する人達あるいは母親の保菌が感染源となることが多い。牛乳、哺乳びんの汚染が原因となり、あるいは入浴の際に感染する場合もある。普通、感染源は患者の糞便、それにより汚染された食品、水、器物、手指。病原巣はヒト(ときにウシなどの家畜)。

 3.潜伏期 12~72時間、 VTECでは十数日に及ぶこともある。

 4.ヒトの感受性 普遍的ではあるが、低栄養の乳幼児などでは感受性が高い。成人の場合は発症しないことも少なくない。

 Ⅲ 予防対策

 食品衛生法に一部規定されている。すなわち、行政対応上は食中毒と同じ扱いである。

 A 方針    

 病原大腸菌の特性や中毒防止の方法について衛生教育をする。

 B 防疫

 1.届出 患者または疑いのある者を診断し、あるいは死体を検案した場合は、医師は直ちに最寄りの保健所長に届け出る義務がある(食品衛生法第27条)。

 2.隔離 必要なし。

 3.消毒 必要なし。

 4.行動制限 必要なし。

 5.接触者および発生源の調査 流行時対策による。

 6.特異療法 下痢が激しく脱水症状の見られる例は、直ちに輸液をする必要がある。幼児の場合、非吸収性の抗菌薬の経口投与が望ましいが、薬剤の選択については起炎菌の薬剤感受性に注意する必要がある。

 C 流行時対策

 1.発生の起こった乳幼児収容施設には、対策が整うまで新たに乳幼児を収容してはならない。

 2.感染した疑いのある乳幼児は、隔離して発病の有無を監視する必要がある。

 3.母親あるいは施設従業員の健康状態を調査する。

 4.患者と健康児の検使、疑わしい大腸菌について病原性の調査をする。