赤痢アメーバ症

 I 臨床的特徴

 1.症状 赤痢アメーバ症は人体寄生性原虫である赤痢アメーバによる消化器症状を主徴とする感染症である。病型は腸アメーバ症amebiasisと腸外アメーバ症extraintestinal amebiasis とに大別できる。前者は具体的にはアメーバ赤痢amebic dysenteryが主体。アメーバ赤痢は比較的緩徐に発症するが粘血性下痢、腹痛(回盲部のことが多い)、同部の圧痛などを呈する。下痢は1日十数回程度まで、テネスムス(しぶり)は軽い。回盲部が索状に触知されることもある。全身状態は良好に保たれ、発熱も欠くか、あっても軽度。放置すれば自然に症状の消退を見るが、ある期間を置いて上記の症状が再発する。この間はむしろ便秘傾向を示す。この経過を繰り返し慢性化し大腸炎となる。アメーバ性大腸炎の場合は種々の性状の下痢および腹痛が主な症状。これらは慢性化していく以外に腸管の壊死が進行し穿孔を起こしたり、血行性転移を起こし肝膿瘍amebic liver abscess となる。肝膿瘍は右季肋部痛、同部圧痛、肝腫大などを症状とする。右季肋部痛は右肩に放散し、呼吸時に増強する。そのほかに食欲不振など。全身状態も悪化し、中等度の発熱、白血球増多なども見る。肝機能は正常範囲内のことが多いが、膿瘍が胆管を圧迫すれば黄疸、その他の肝機能障害を見る。放置すれば膿瘍の破裂による腹膜炎、直接進展による横隔膜下膿瘍、肺膿瘍、二次的血行転移による脳、肺など各臓器に膿瘍形成を見る。

 鑑別診断は腸アメーバ症の場合は細菌性赤痢、潰蕩性大腸炎、大腸がんなど。肝膿瘍の場合は肝腫瘍、細菌性肝膿瘍などが鑑別の対照となる。

 2. 病原体 赤痢アメーバの生活環は嚢子cystと栄養型trophozoiteから構成される。嚢子は物理的環境に抵抗力が強く、成熟嚢子が感染能力を有する。栄養型は活発にアメーバ運動をし、組織に侵入し、病原として作用する。

 3.検査 腸アメーバ症の場合は糞便検査、内視鏡(生検)、血清学的診断法を併用する。糞便検査では下痢便には栄養型、有形便では嚢子を検出する。栄養型は粘液の部分を検査すれば検出しやすい。温度を保つことも必要。血清学的診断法としてはゲル内沈降反応、間接螢光抗体法、 ELISAなどo肝膿瘍の場合は糞便検査のみでは困難で、適当な画像診断と血清学的診断法を併用する。肝膿瘍の場合血清学的方法は極めて信頼度が高い。最近はDNA診断法も実用化されつつある。

 II 疫学的特徴

 1.発生状況 現在熱帯地方の開発途上国を中心に約5億人の被感染者が存在する。この大多数はいわゆる非病原性のアメーバ感染による無症状の嚢子保有者asympto-matic cyst carrier であり、発症者はごく一部に過ぎない。わが国ではアメーバ赤痢が法定伝染病であるために届出が必要であり、したがって届出数の推移は判明している。これによれば1980年(昭55)初頭より増加傾向にあり、最近では年間百例前後の届出がある。多くは国内感染例であり、男性が多く、特に東京、大阪などの大都市に集中して見られる。欧米においても同様の傾向が見られるが、最近では男性同性愛者間での性感染症(STD)としても発生例がかなりあることと関連があるものと思われる。重症心身障害児収容施設での集団発生も報告されており、また輸入感染症としても増加傾向にある。

 2.感染源 感染能力を有するのは被感染者の糞便中にある嚢子(成熟型)のみであり、下痢便中の栄養型、未成熟嚢子は感染能力を有しない。赤痢アメーバはヒトのみならずサル、ブタなどに感染が広がっている(人獸共通伝染病)ので、動物からの感染も起こり得る。

 3.伝播様式 最も主要な感染様式は糞便中の嚢子によって食物、飲料水が汚染された結果起こる経口感染である。おそらく開発途上国においてはこれが大多数の場合の伝播様式と思われる。欧米諸国あるいはわが国においてはこのような定型的な経口感染も確かに起こっているが、男性同性愛者間で性行為によって伝播していることが注目される。しかし、この場合も伝播はoral-anal contact によるので、嚢子の経口摂取が原因となっていることは間違いない。汚染された手指などから経口感染が起こることもあり得る。

 4.潜伏期 不定であるが、7~20日くらいの場合が比較的多いものとされる。

 5. 伝染期間 嚢子排出期間中は当然ながら伝播を起こし得るが、期間は一定していない。数年以上嚢子排出を続ける時さえある。

 6.ヒトの感受性 発症には宿主側の栄養状態などの要因が関与するが、感受性に関する人種的差異、あるいは遺伝的な要因は知られていない。肝膿瘍の併発については地域によって差異があるが、これについても明確な原因は分かっていない。

 Ⅲ 予防対策

 A 方針

 まず嚢子による環境汚染、食物などの汚染を防ぐことが肝要である。このためには屎尿の衛生的処理、飲料水系の整備、ハエなど嚢子伝播に関与する可能性のある昆虫の駆除を行う。要するに他の細菌性経口感染症の場合と同様である。男性同性愛者に関しては不潔な性行為を避けるのが原則である。

 B 防疫

 1.伝染病予防法に基づく患者の届出、隔離をするが、糞便の処理を確実に行うo

 2.嚢子排出者を確実に見いだし、かつ伝播の可能性を起こすような業務につくことを避けさせる。

 C 流行時対策

 本症は地方流行的なものであり、特に流行時の対策はない。

 D 治療方針

 ニトロイミダゾール製剤であるメトロニダゾールを第一選択薬剤として用いる。チニダソールもこれに準ずる。腸アメーバ症のときはこれに適当な抗菌薬を併用、肝膿瘍のときはメトロニダゾール投与に肝ドレナージを併用することもある。アメーバ赤痢の激症型、肝膿瘍にはデヒドロエメチンを用いることもある。ただし、抗菌薬などによる後療法を必要とする。メトロニダゾールは神経系あるいは血液疾患があるとき、および妊婦には投与しない方がよい(実験的に発がん性、変異原性が認められている)。デヒドロエメチンは刺激伝導系の抑制作用があるので注意が必要、老人、小児への投与も避ける。