小腸に貼りつくマイクロカプセルの開発

 そこで、私は、胃を素通りして小腸に達する特殊な微小カプセル(マイクロカプセル)を考案しました。それは、飲んだマイクロカプセルが小腸の細胞に貼りつく、という製品です。

 このマイクロカプセルは、直径が約O・2mmの半球形をしています。外側の半球部分のフィルムは、水に溶けないポリマー(高分子化合物)のエチルセルロースでできているため、胃や小腸では溶けません。

 薬剤に粘着性のポリマーを加えて、表側が腸溶性のフィルムでできたカプセルに詰めます。腸溶性のマイクロカプセルは、周囲の酸性の程度に応じて溶けます。

 このマイクロカプセル剤を飲むと、酸性の強い胃を素通りし、弱酸性の小腸に到達して、初めて片側の腸溶性のカプセルのふたが溶けます。その後、粘性のポリマーが糊の働きをし、小腸の細胞の表面にひっつきます。反対側の水に溶けないポリマーが、消化管に含まれる蛋白分解酵素を完全に遮断するので、蛋白薬であっても分解されません。その結果、蛋白薬が長時間にわたって効率よく吸収されるという仕組みです。

 このマイクロカプセルを使って、注射薬しかない薬剤を飲み薬にする研究を続けています。

 抗ガン薬を使って患者さんの治療をすると、ガン細胞以外の正常な細胞も殺されます。特に抗ガン薬に感じやすいのは、増殖の激しい細胞です。すなわち、髪の毛、消化管の細胞、骨髄細胞が抗ガン薬にやられやすいのです。

 特に、致命的なことは、骨髄細胞が抗ガン薬で破壊されると、白血球が作られなくなり、白血球減少症という病気になります。

 白血球は、体に侵入してきた細菌やウイルスを殺すのに重要な働きをします。抗ガン薬の副作用で白血球が作られなくなると危険です。その結果、ガン細胞を殺しきる前に、抗ガン薬の投与をやめてしまわなければなりません。

 ところが、白血球を増やす薬として、遺伝子組換え技術により、白血球増殖因子G-CSF(商品名グラン、ノイトロジン)が、1980年代に開発されました。白血球減少症で、抗ガン薬の投与を、治療の途中でやめなければならなかった患者さんも、このG-CSFのおかげで、しっかりと抗ガン薬による治療ができるようになりました。しかし、現在では注射薬にしか使えません。

 私は、このG-CSFを飲み薬にしたい、という研究意欲がわきました。そこで、半球形のマイクロカプセルに、このG-CSFを封入しました。

 効き目を評価するため、ビーグル犬に飲ませ、薬剤の効果を調べました。白血球数の増え具合を調べたところ、同量のG-CSFを静脈内に注射した場合に比べ、約23%もの効果がありました。

 遺伝子組換え蛋白薬を飲み薬として、効き目を得ることができたのは画期的な進歩です。このマイクロカプセルの技術を使って、現在は注射薬しかない糖尿病薬のインスリン、貧血薬のエリスロポエチン(商品名エスポー、エポジン)、C型肝炎薬のインターフェロン(商品名フエロン、スミフェロン、キヤンフェロンA、ロフェロンAなど)、骨粗しょう症薬のカルシトニン

 (商品名サーモトニン、カルシトランなど)などの遺伝子組換え蛋白薬の飲み薬を開発したいと、研究に打ちこんでいます。

『薬の聞く人、効かない人』高田寛治著より